立春を過ぎ梅の花が濃くて小さなつぼみをつけつつあり春の訪れを感じる晩冬ですが、みなさまはこの冬はどんなワインに舌鼓をうたれましたか? はじめまして。ワイン初心者の目線からコラムを書かせていただくことになりました、山路つかさと申します。
お酒を飲むことと読書が何よりも好きで、シャンボール・ミュジニー村にすっかり惚れ込みワインの奥深さに興味を持ち、現在はワインエキスパートの資格を目指しながら様々な記事を書くライターとして活動しています。
さて、そんなわたしの冬一番の思い出は、イタリアはトレンティーノ=アルト・アディジェのスプマンテである「Abate Nero エクストラブリュット」をクリスマスに飲んだことです。柑橘系の爽やかさがあるのにシルキーなコクがあり、フランスのものとはまた違ったイタリアのシャルドネを楽しむことができました。
しかし、実はこのときクリスマスに飲むためのスパークリングワインの候補に挙げていたもう1本はワイン漫画「神の雫」にも登場したシャンパンの「ルイマール」でした。
今回はそんなワインの表現をこれでもかというほど想像力豊かに描いた漫画「神の雫」をご紹介したいと思います。
ワインファンなら読んで損はない
「神の雫」は講談社の「モーニング」で2004年から2014年まで連載されたワイン漫画です。2015年からは続編「マリアージュ~神の雫 最終章~」が始まり、現在連載中です。
原作は「金田一少年の事件簿」や「サイコメトラーEIJI」などの原作で知られる樹林伸さんが亜樹直という別名義で担当しており、作画はワインを味わう世界を繊細で美しいタッチで描く女性漫画家のオキモト・シュウさんが手がけています。
ワインの本家であるフランスからも認められ、2010年にはワイン専門誌「ラ・ルビュー・ド・バン・ド・フランス」が「今年の特別賞」(最高賞)に亜樹直さんとオキモト・シュウさんを選出したことが話題になりました。さらに、フランス人すら知らない知識が出てくる漫画として、2009年にはアングレーム国際漫画賞の公式セレクションにも選定されています。
物語は偉大なるワイン評論家・神咲豊多香(かんざきゆたか)の息子として生まれ父親への反発からワインに関わってこなかった主人公・神咲雫(かんざきしずく)が、父の死をきっかけにワインの世界に身を投じていくというものです。
父・神咲豊多香の至高のワインコレクションを巡り、彼の遺言に残された12のワインの心象風景から探り当てていくという無理難題を、ライバルで父の養子になっていたワイン評論家の遠峰一青と競い合っていく様子が、絶妙な緊張感で描かれています。
『神の雫』の見所は登場するワインの多彩さにある
偉大なるワイン評論家が遺書に残したワインを巡る物語……となると、どうしても5大シャトーやボルドー右岸の高級ワイン、ブルゴーニュのグラン・クリュばかりが登場しているのではないか、と思われる方も多いのではないでしょうか?
たしかに神咲豊多香がそれぞれ遺書にたくした荘厳かつ果てしなく壮大なイメージのワインたちは高級なものでしたが、作中に登場するワインはそれだけではありません。 例えば、1巻で主人公が行きつけのバーである「モノポール」でイギリスのロックアーティスト・クイーンを思い浮かべワインに深く関わっていこうと決心するきっかけになったボルドーの「シャトー・モン・ペラ ルージュ」はヴィンテージこそ違うものの2000円台で手に入れることができます。
また、日本のワインに焦点を当てた39巻で登場し主人公が「静かな水辺から飛び立つ丹頂鶴」のようだと表現した秩父の「源作印GKT」はなんと1000円台で入手することができます。
その他にも入手しやすい1000円台から3000円台のワインが多く登場し、そのどれもが主人公の感受性豊かな表現によって思わず飲みたくなってしまいます。
実際に登場したワインを買って飲んでみて登場人物の表現と自分がそのワインから感じたイメージを比較して楽しむこともできてしまう漫画だとして、ワインファンから根強い人気があるそうです。
漫画ならではの天才たちがワインを飲む
そして『神の雫』のもう一つの魅力。それは、天才的な登場人物たちがワインを探り、飲み、語る様子ではないでしょうか。
特に主人公は物語の初期ではワインの素人だったと言えど、父親からワインのニュアンスになりえる香りを幼少期からいくつも嗅がされていたり、世界各国のワイン産地を巡る旅に同行していたりと隠れたワインの英才教育を受けており、嗅覚は吹雪くマッターホルンの山頂の別の場所で開けられたワインの匂いを嗅ぎつけてしまうほどです。
一方で主人公のライバルである遠峰一青(とおみね いっせい)はワインのためにマッターホルンに登るしフルマラソンにも出るし、スキューバダイビングで100mの深海にも潜り、タクラマカン砂漠に出かけたり、そしてその都度、死の淵をに差し掛かったりとワインに関して命がけ。ブルゴーニュのテロワールを理解し体に叩き込むために、用意させたその土地の土を実際口にするほどの徹底ぶりなのです。
そんな努力家の彼もれっきとしたワインの天才で、香りを嗅いだだけでそれが何のワインのどのヴィンテージなのかをピタリと当て、さらにそのワインづくりに関わっているたった1人のスタッフすら探し当ててしまうほどの鬼のようなテイスティング能力を持ち合わせているのです。
熟練のファンもワイン初心者も
実際にあるドメーヌやネゴシアンが登場するため、リアリティもきちんと追求されていて、ワインの知識については素人である主人公の無知を浮き立たせることにより、別の人物にワインの初歩的な知識を披露させるなど、読み手のワインファンだけではなく、これからワインを飲んでいきたいと思っている読者にも親切な作品です。
どのワインも飲んだ人々の表現にワインへの愛情が溢れ、ついついあれもこれもと買い込んでしまいたい衝動にかられるのは、読んだ方に絶対に訪れる嬉しい“試練”かもしれません。
漫画には漫画でしかできない表現があります。それをワインという果てしなく底知れない存在と融合させた『神の雫』を、ぜひ一度手に取ってみてくださいね。