日本を代表するワイン産地のひとつ、長野県塩尻市桔梗ヶ原は、メルローをはじめとしたヨーロッパ系品種の醸造が盛んな土地として知られ、国内はもとより世界的にも評価の高いワインを多数生産している銘醸地です。
そんな塩尻市にメルローを根付かせた功労者と言われているのが、老舗ワイナリーの林農園 五一わいん。桔梗ヶ原メルローを中心に高品質なワインを多く製造するこのワイナリーでは、なんと貴腐ワインも造られています。まだまだ日本では希少である貴腐ワイン。
今回は貴腐ワイン造りについて、お話しを伺いたく林農園五一わいんを訪問してきました。
貴腐ぶどうの素晴らしさと病害
貴腐ぶどうから造られる極甘口ワインである貴腐ワインは、フランスのソーテルヌ、ドイツのトロッケンベーレンアウスレーゼ、ハンガリーのトカイワインは世界三大貴腐ワインと呼ばれています。
また、その他の国でも、オーストリアやアメリカ、ニュージーランドでも貴腐ワインは造られていて、比較的国外でメジャーなワインでもあります。しかし、貴腐ワインを造るためには健全な貴腐ぶどうが一定量必要であり、それを確保できるだけの自然環境が整った場所を有していることが絶対条件となります。
そもそも貴腐ぶどうとは一体どんなぶどうなのか、代表の林幹雄さんにお話しを伺いました。
代表取締役 林幹雄さん
貴腐とは、ぶどうの果皮に貴腐菌が付いた状態のことをいいます。果皮のクチクラ層のロウを貴腐菌が溶かしていくことで、ぶどうの水分が蒸発し、ミイラのようにしなびた状態になることで糖度が40度以上になります。
普通のぶどうは20度くらいですので、相当甘いですね。見た目は茶褐色で一見腐ったように見えるんですが、香りがとてもよく、まさに貴腐という名に恥じないぶどうに仕上がります。しかし、貴腐菌はボトリティス・シネレアという灰色カビ病を引き起こす、本当に厄介な菌なんです。
灰色カビ病も大変なんですが、同時に晩腐病を誘発してしまうのが一番の問題点です。晩腐病が発生すると、アッという間に房全体に広がり、周囲のぶどうに伝染してしまいます。貴腐菌が付くという事は、菌にとって好都合な状態ですので、他の菌にとっても好都合ということです。いや、本当に健全な貴腐ぶどうの収穫に関しては目が離せなくて、本当に大変なんですよ。
努力が紡ぎ出した奇跡のワイン
「苦労は絶えませんが我々しか造れないものだからこそ、全身全霊をかけて守り続けたい」と言っていた林さん。「この貴腐ワインを造り続けられるのは、あの日の出来事があったから」とお話しを続けられました。
うちの貴腐ワインのスタートは1993年。最初、貴腐ぶどうが発生したのがシャルドネだったんです。普段なら灰色カビ病などを防ぐため農薬散布を行っていたんですが、たまたまシャルドネの成熟が遅かったので時期をずらそうと、そのまま放置していたんです。
ある日、私がシャルドネの畑に行くとぶどうが一粒褐変していたんです。そのぶどうを持ち帰って当時の専務に見せたら「これは貴腐菌かもしれないから少し待ってみませんか」と言うんです。専務は他で貴腐ブドウを見たことがあったので、言う通り放置しておくと、一粒から一房、そして周囲のぶどうにまでアッと言う間に広がり、畑全体が貴腐ブドウになってしまったんです。
あれには、本当に驚きましたね。 こんなに簡単に貴腐ぶどうができるなんて凄いと、浮き足立っていたんですが、大変なのはここからでした。当時はとにかく貴腐ぶどうの発酵方法なんて誰も知りませんし、最適な収穫時期すら分からず、全てが手探りでした。当然、一房全てが健全な貴腐ぶどうではないので、一粒一粒選別しました。
更に、通常のプレス機では果汁が絞れなかったので、カナダからミニチュアの専用機を取り寄せては試し、持ち手を溶接して使いやすくするなど試行錯誤を続けました。発酵自体もとにかくゆっくりでゆっくりで…。
「本当にこれで良いのか?」と貴腐に詳しい方に相談すると、「フランスなどでは3年かかって発酵をすることもある」と教えられました。その時、「これは大変なものに手を出したな」と思ったものです。今考えると、毎日が挑戦の日々でしたね。
当時を懐かしむように、笑いを交えながら話をする林さん。
今でこそ良い思い出になっていますが、その苦労と心労は想像を絶するものだったに違いありません。従業員一同、試行錯誤の末、地下室にヒーターを入れるなど貴腐ワイン造りに最適な環境を整え、2年間もの発酵を経て、世界的にも珍しいシャルドネの貴腐ワインが誕生しました。
品質の高さが五一わいんの誇り
おかげさまで、五一わいんの貴腐ワインは国際的なコンクールでも金賞、銀賞などを受賞しています。恐らく、フランスなど、他の国は貴腐ワインの生産量が多いので、手間暇をかけれないところが多いのかもしれません。もちろん、シャトーそれぞれの最高級レベルの貴腐ワインに関しては別だと思いますよ。
我々の場合、生産量を増やすことが難しいかわりに、一粒一粒手作業で品質の高い貴腐ぶどうを選別し、クオリティの高い貴腐ワインを生産しています。そういった、品質の高さが評価されているのかもしれません。
貴腐ワインを日常的に楽しまれる方というのは、日本では少ないですし、イベントや式典など、特別な催しの贈呈品として使われることが多いのが現状です。貴腐ワインは糖度が高く、開栓後も通常のスティルワインに比べて長く楽しむ事ができるんです。
私自身の感想で恐縮ですが、貴腐ワインはブルーチーズとの相性がどのワインよりも素晴らしいと思っています。特別な日のためにはもちろん、日常的にも手軽に貴腐ワインを飲んでいただければ嬉しいですね。
貴腐ワインを守り続けるために
メルローをはじめ、ピノノワール、カベルネフラン、セミヨン、ケルナー、龍眼など数々の品種を手掛ける五一わいんは、広々としたぶどう畑の中にあって、貴腐ぶどうを収穫するための区画はごく僅か...自然条件が整わなければ収穫できない貴腐ぶどうだからこそ、いかに守り続けていくのかが大切と林さんは語ってました。
何度もお話していますが、我々ぶどう農家の最大の敵は病害です。特に貴腐ぶどうはデリケートなので、気を抜いているとアッという間に他の病気に冒されてしまいます。不思議なもので、貴腐ぶどうを安定的に収穫しようと人間がさまざまな手を加えると、何故か良いぶどうが育たないんですよ。自然に頼ること以外に、良い貴腐ぶどうを収穫する手立てが無いんです。
とはいえ、温暖化をはじめ、気候の変化がめまぐるしい日本で、全てが自然の運任せというだけでは我々も困るので、失敗を繰り返しながらも安定して貴腐ワインをお届けできるよう、様々な挑戦をし続けています。
近頃、国内のコンクールなど、凍ったぶどうから造られるアイスワインに重きが置かれています。もちろん、アイスワインは素晴らしいワインですが、今一度、ワイン関係者の方々にも貴腐ワインに目を向けていただければ嬉しいですね。
貴腐ワインはもちろん、塩尻という土地では高品質なワインができるということを、微力ながらこれからも伝えていきたいと思っています。多くの方に塩尻に来ていただいて、この風景、そして塩尻のワインを楽しんでいただきたいです。
林さん、今日はお忙しいところ、ありがとうございました。
五一わいん公式サイト
information 林農園 五一わいん
■住所: 長野県塩尻市大字宗賀1298-170
■売店: 定休日/年末年始
営業時間/8:30〜17:00
お問い合せ先/TEL 0263-52-7911
※定休日・営業時間は、若干変更の場合がございます。
※工場内の見学は出来ませんが、ぶどう畑はご自由に見学することができます。