【連載】デートで飲むシャンパーニュのウンチク(ボランジェ編)

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西麻布の週末の夜、さるワイン・バーで、いまどきのちょっとやんちゃなオシャレな青年が、オジサンから「シャンパーニュのウンチク」を聞いている。

 

「前回はテタンジェのことを話したけど、今回はBollingerだ」

 

「名前だけなら、ボランジェ、知ってますよ。007に必ず出てきますからね。でも、何で、テタンジェの次がボランジェなんすか?」

 

「いい質問だ。プロ度が高いシャンパーニュの中で、エレガント系の代表がテタンジェなら、豪快な泡の筆頭がボランジェって言われてるからだよ。フレンチやワインショップに行って、『テタンジェみたいにエレガントな泡をください』とか、『ボランジェ風のドッシリ系を探しています』って言えば、全部のシャンパーニュをカバーできるんだ。どんなシチュエーションで使えるし、それらしく聞こえるだろ?」

 

「なるほど、両極端をキチンと押さえて、真ん中はテキトーにってことですね。例えば、『ボランジェ系の泡で、少しエレガントなシャンパーニュをください』って言えば、それらしく聞こえますもんね。で、実際に、そんなに味が違うんっすか?」

 

「目隠しで飲んで、『これがボランジェだ』とピタリ当たる人ってそんなにいないと思うよ。でも、それぞれのメゾンには目指すイメージがあって、それを全面に打ち出そうとしてるんだ。もちろん、メゾンは、『一生懸命、イメージ作りをやってます』なんて絶対に言わないけどね。前回のテタンジェは、ラベルを見ながら飲むと、『グレース・ケリーみたいにエレガント』な感じがするだろうし、今回、取り上げるボランジェは、ボトルから注いでもらって飲むと、『三船敏郎のように豪快』なイメージがわき上がると思うよ。今なら、渡辺謙かな?」

 

「渡辺謙ですか。そりゃ、骨太でどっしりがっしり男くさそうっすね。シャンパーニュのメゾンが、イメージ作りで頑張ってるとは知りませんでした」

 

「ボランジェを具体的にイメージすると、『物干し竿のように長い刀を背負い、裸馬に跨って千里の荒野を駆け抜け、1kgの生肉を食らって野宿する野武士』かな。フランス人なら、気が優しくて力持ちでスタイリッシュな『三銃士』を連想するだろうね。ボランジェの愛好家がラベルを見ながら飲むと、『豪快な剣士』が頭に浮かんで、『おぉ、さすがボランジェ、どっしりしてるね』となるんだ」

 

「イメージ大作戦なんっすね。確かに、お屋敷街で、『エリーゼのために』のピアノが聞こえてきたら、可愛い小学生が白いワンピース姿で弾いていると思いますもんね。実は、太ったオジサンが汗だらけで弾いてるかもですもん」

 

「その通り。ドッシリ感があるんで、女性が、『じゃあ、あたし、ボランジェをいただきますわ』なんてオーダーすると、大人っぽいというか、本物志向っぽいというか、ショット・バーでスコッチをオンザロックスで飲んでいるオネエサンみたいで、めちゃくちゃカッコイイね。イイ女度がタクシーの深夜料金並みに30%上がるよ」

 

「じゃあ、オレも、ボランジェで行きます。で、ボランジェのかっこいいウンチクってあるんすか?」

 

「いっぱいあるよ。まずは、どっしりの理由だけど、黒葡萄のピノ・ノワールをたくさん使ってることだね。とにかく、ピノ・ノワールに強いこだわりがあって、普通のメゾンは、シャルドネだけで作るエレガントな『ブラン・ド・ブラン』を出しているけど、ボランジェは出してない。ウチは、女性ばかりの『宝塚』じゃなくて、男だけの『歌舞伎』って訳だね。それと、ワインを樽で熟成させている数少ないメゾンがボランジェだ。メゾンの中に樽工房を持ってるのはここだけだろうね。物凄くマニアックな作りをするんで、プロも大好きだよね」

 

(話しが専門的になりそうで、慌てて話題を替える)「ジェームス・ボンドに初めて出てきたのはいつなんすか?」

 

「初登場は、007がショーン・コネリーからロジャー・ムーアへ替わった第8作目の『死ぬのは奴らだ』の時だな。シャンパーニュもドンペリからボランジェにチェンジした。ドンペリにはショーン・コネリーの強烈なイメージが焼き付いていたんで、役者を替えたついでに、シャンパーニュも替えたのかもね。冒頭のシーンで、カリブ海のサン・モニック島のホテルに到着したボンドは、荷物を開ける前、いつも通り、まずは一杯。ルームサービスに電話して『ボランジェを1本頼む。冷えたのを』とオーダーしたんだ。ボンドは、英語読みで『ボリンジャー』て言ってるよ。どうでもイイけどね。で、オーダーした次の瞬間、部屋で待ち伏せている敵側の女スパイに気付いて、『グラスは2つだ』と言うんだよ。イイ女がからむと、必ずシャンパーニュを開けるのがボンド流だな」

 

「イギリス人はボリンジャーなんすかぁ。オレでも、『Bollinger』をフランス語風に『ボランジェ』って読めますけど。じゃあ、レストランで、『ボリンジャーをください』って言ってから、『あっ、ボランジェでしたね。イギリスじゃあボリンジャーなんすけどね』なんて言うと、『オレ、海外駐在したことあるんだぜ』的なオーラが出るかもっすね」(天井を見てニヤリとする)

 

(そんなオーラ、出る訳ないだろと思いながら)「ジェームス・ボンドが飲んでいるのは、『RD』というシャンパーニュでね、長く寝かせたシャンパーニュを出荷直前に澱を引いてコルクを打った特別版なんだ。ボランジェのノン・ヴィンテージが『スペシャル・キュヴェ』で、小売価格が1本6千円としたら、RDは5、6倍の値段だね」

 

「エッ、3万円以上……。そんなに高価なんすか。でも、映画の中で、ドンペリの代わりに出てくるんだからそれぐらいするんでしょうね」

 

「高価だけれど、その価値はあるぞ。時間をたっぷりかけて作ったシャンパーニュに特徴的な蜂蜜やナッツの香りがあるだけじゃなくて、シェリー酒やリキュール系の熟成した香りまで出てる。長く寝かせて熟成させたシャンパーニュは、泡が少ないのが普通なのに、RDは泡が大量に出てるんだ。『女子高生のくせに熟した大人の色気がバチバチ』って感じかな?」

 

(色っぽい女子高生という言葉に反応して)「うわぁ、なんか美味そうっすね。今度、是非、飲んでみます。『RD』は、『アールディ』でイイんすね?」

「そうだね、フランス語じゃあ『エールデ』だろうけど、みんな、『アールディ』って呼んでるね。ところで、オーストラリア人のシャンパーニュ評論家、タイソン・ステルツァーが2年に1回、シャンパーニュの評価本を出してて、点数を付けているんだけれど、2014年版でノンヴィンテージ物を試飲して圧倒的に高得点だったのがボランジェとランソンだったんだ。私も何回も飲んだけど、確かに、毎回美味い。なので、今年、機会があるならボランジェを飲むとイイよ」

 

「ボランジェ、いいすね。聞いただけで飲みたくなりました。じゃあ、いきなりRDじゃなくて、まずは、安い『スペシャル・キュヴェ』から試してみます。ヘリコプターでいきなり頂上へ行くんじゃなく、一歩一歩、山頂目指して進みます」(意外に堅実かと思ったが、単に、金がないだけかも)

 

「おいおい、RDを飲むんじゃないのか?」

と心の中で突っ込みを入れながら、グラスのシャンパーニュを一口飲んだ。ウンチク講座はまだ続きそうだ。 …次号へ続く

シャンパーニュとブルゴーニュを愛するワイン・ライター。ワイン専門誌「ヴィノテーク」、「神の雫(モーニング)」等にコラムを執筆。2010年にシャンパーニュ騎士団オフィシエを受章。主な著書は「クイズでワイン通」「今夜使えるワインの小ネタ(以上講談社)」、「30分で一生使えるワイン術(ポプラ社)」など

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