ワインを飲む時、どの品種のブドウから、どのように造られているのか、誰もが気になるところです。ワインの味は、原料になるブドウの品種、栽培方法、製造方法で決まります。
日本ワインの人気が高まっている近年、こだわりを持ってブドウの栽培や醸造に取り組む生産者さんにも注目が集まっていて、山梨や長野だけではなく、東京や神奈川にもワインの生産に関わる人達は増えています。
今回、山梨県のブドウ畑で栽培と醸造を行い、神奈川県川崎市のご自宅でワインの販売をされている「前田龍珠園(まえだりゅうしゅえん)」の原田旬(はらだひとし)さんを訪ね、こだわりのワイン造りの背景を伺いました。
家族とつくるワインショップ
神奈川県川崎市小田急読売ランド前駅から3分の高台に、原田さんのご自宅兼ワインショップがあります。1階のテラスにテーブルと椅子が置かれていて、有料試飲500円からワインを楽しみながら買い物をすることができます。
オリジナルのワインは全部で7種類です。
白ワインは、「アヤ モノポール2016」、「アヤ モノポール2015」、「アヤ マセラシオン ペルキューレ」の3種です。全て原田さんの農園で収穫された甲州種から造られる、単一品種、単一畑の特徴を最大限に表現した希少なワインです。原料であるブドウ品種が同じでも、収穫年、醸造の仕方、熟成の違いで味わいは大きく変わるので、それぞれが個性を出しています。
樹齢60年の甲州種の古木を、自然農法で栽培したブドウ100%から成る「アヤ モノポール2016」は看板商品です。1年瓶熟させた「アヤ モノポール2015」の他に、同じ甲州種を1日乾燥させ、皮も一緒に漬ける製法で醸造させた「アヤ マセラシオン ペルキューレ」の3種類を取りそろえています。
ワイン名の「アヤ」とは、原田さんの奥様のお名前です。明治35年に「前田龍珠園」としてワインの醸造を始めた前田文太郎さんから、義文さん→文男さん→文さんと前田家では代々「文」の字が引き継がれてきました。
築100年の前田家の母屋には、その当時使用していた「龍珠園」の額が残り、離れの半地下の倉庫には天然の水冷式冷蔵庫があります。扉には「龍珠園」の文字が残り、倉には「前田龍珠園」と書かれた古いワインの瓶がありました。原田さんは、由緒ある前田家が文さんのお父様文男さんの代で終わりを迎え、自分が屋号を引き継ぐという思いを込めて「アヤ」の名前をワインにつけたのです。
モノポールとは単独のワイン生産者が単独で所有する畑のことです。
「アヤ モノポール 2016」をいただき、クリアな美味しさに驚きました。
すっきりとした味わいながら豊かな果実味。アルコール度数は12%で苦味は無く軽やかです。酸味があり辛口ですっきりしているので、和食にもよく合います。
瓶の底には酒石酸の結晶が見えます。酒石は別名「ワインのダイヤモンド」と言われ、濃縮果汁から造られるワインには出ないものです。酒石酸が見えることは天然製法の証であり、とても良い環境で管理されたワインの証でもあります。生産者のワインに対する情熱の結晶とも言えるでしょう。
赤ワインは「アヤ ビジュノワール2016」、「アヤ ビジュノワール エルバージュ2014」、「アヤ ビジュノワール エルバージュ2015」の3種類です。
「アヤ ビジュノワール2016」は、山梨の赤ワイン品種ビジュノワール100%をステンレスタンクで製造したものです。「アヤ ビジュノワール エルバージュ2014」と、「アヤ ビジュノワール エルバージュ2015」はフレンチオーク樽で熟成させたもので、日本の赤ワインの印象を変えるような逸品です。
赤ワインは、同じ勝沼地域の他のブドウ農家さんから仕入れた「ビジュノワール」という黒ブドウから造られています。ビジュノワールとは「黒い宝石」という意味で、このブドウから造られるワインは、山梨県の2つのワイナリーでのみ生産されていて、大変珍しいものです。
甲州三尺とメルローをかけ合わせて出来た木にマルベックをかけ合わせた、日本の土地に合うブドウ品種です。ボルドーワインのような深みがあり、熟成にも耐えるポテンシャルの高いワインが出来上がります。日本の赤ワイン用ブドウはベリーAが多く、メルローやカベルネも育てられていますが、ビジュノワールこそ、日本の土地に合う品種だと原田さんは確信しているのです。
他に、甲州種100%、樽熟した深みが感じられるスパークリングワイン「シャポードパイユ」も造られています。
7種類のワインラベルのイラストは息子さんが描かれたもので、1枚1枚手で貼られています。家族皆でワイン造りに取り組んでいる様子が伝わってきます。
これらの素晴らしいワインができるまでには、長い道のりがありました。
由緒あるブドウ園を引き継いで
原田さんが所有するのは山梨県の勝沼町下岩崎にある800平方メートル程の甲州ブドウの畑です。
ワイン醸造法習得の為、明治10年にフランスへ留学し、日本ワインのパイオニアといわれる土屋龍憲氏のご子息から原田さんの奥様のおじいさまが譲り受けた歴史のある畑で、60年を超える古木が中心です。
この畑を2012年に引き継ぎ、最初は原田さんの息子さんが中心になってブドウ造りを始めました。まだ大学生だった息子さんは「せっかく長生きしている木を守っていきたい」と、多くの友人とともにブドウ造りに力を注ぎます。そして、2014年からは原田さんご夫婦が受け継ぎ、自家栽培葡萄のワイン造りを始めました。
ブドウ栽培やワイン製造の手伝いはしてきたけれども、それまで全く別のお仕事をしていた原田さんは「最初は五里霧中だった」と言います。全部自分が受け継ぎ、守り育てていくという重圧ははかり知れません。
古木の畑
勝沼地区では20年を目安に木を植え替えます。この地で古木の畑はいくつかありますが、所有者がワイン造りをしていないため、収穫された実は出荷されて他のブドウと一緒に絞られています。
原田さんの畑の木は60年を超える古木が中心で、木に負担をかけないように収穫量を抑えるため、収穫できる量が限られています。しかし、古木は成熟しているため能力が高く、品質の良いワインを生み出します。
ブドウの木は横に伸びる根を切って手入れをするため、根は下に向かって伸びていきます。古木の特徴として根は地下深く20~30mに伸び、沢山のミネラルを吸い上げています。
ワインは畑の違いで味わいが異なります。上質な畑のブドウから造られるワインは格が上とされます。最近は、畑の場所のみならず番地まで表示することもあるくらい、ワイン造りにおいてブドウの畑の場所は重要です。
自然農法から造られるオーガニックワイン
原田さんの自家農園のもう一つの大きな特徴は、自然農法を取り入れていることです。応用微生物の先生で、虫も殺さない方だった義理のお父様の遺志を引き継ぎ、化学肥料や除草剤を使わずにブドウを育てています。
有機肥料として、剪定で切った弦を細かくしたものや、選別して取り除いたブドウの粒やワインの搾りかすを土に混ぜ込みます。
無農薬農法では、常に雑草を取るのに追われます。狭い畑にはトラクターが入れない場所もあり、草刈り機は石を飛ばして実を傷つけるおそれがあるため手で刈ることが多くなります。油断するとひざ上まで雑草が生えてしまいます。
消毒も、最小限の回数に抑えているため、木が病気になっていないかチェックにも気が抜けません。病気になると収穫そのものができなくなるとともに、周りの畑に伝染します。原田さんは「自分の畑から発生した病気で周りの畑に迷惑がかかることは絶対に避けないといけない」と、月に2回は山梨に向かいます。
丹精込めて育てたブドウは、秋に収穫の時期を迎えます。ブドウを出荷せずワイン造りまで行う原田さんにとって、収穫は最新の注意を必要とする作業です。収穫は手摘みで行います。
摘んだ後、茎から外れて発酵が始まっている実や、虫がかじった実を丁寧に手で除きます。選別の手間をかけることで雑味のないすっきりとした味わいのワインができるのです。
原田さんの想い
「歴史あるブドウ畑を受け継いだ責任は大きく、これからどうなっていくのかという思いもあるんですが、手をかけた分は戻ってくると思っています。沢山の仲間と一緒に笑顔いっぱいでブドウ栽培をし、ワイン醸造にも携わることができて充実しているんですよ。」と、原田さんは話してくださいました。収穫時には10人くらいの仲間が来てくれるそうです。
ワイン作りの裏側には、常に自然の力、それを届ける人の努力や苦労があることを感じずにはいられません。造り手の思いが詰まった価値のあるワインを、ぜひ味わっていただきたいと思いました。
前田龍珠園
〒214-0037 神奈川県川崎市多摩区西生田1-11-1
小田急線 読売ランド前駅から徒歩3分
電話・Fax:044-328-5527