日本最古の民間ワイナリー「大日本山梨葡萄酒会社」の系譜を受け継ぐ「シャトー・メルシャン」。ワイン好きであれば知らぬ者はいない、日本屈指の大手ワイナリーです。メルシャンのワイン商品研究は世界的に見ても進んでおり、その研究結果を中小規模のワイナリーに公開するなどして、ワイン業界全体の底上げに貢献し続けています。
さて、そんなメルシャンの幾多ある研究のなかでも、日本ワインに新たな希望をもたらしたものといえば、「甲州きいろ香」の出現でしょう。
今でこそ、「きいろ香タイプ」の甲州ワインは定番となっていますが、当時は甲州ブドウを救うかもしれない大発見として、世界的にも話題となりました。今回、日本ワインに興味を持ち始めた方々のために、「きいろ香タイプ」の甲州ワインがどんなものなのかを解説していきましょう。
もくじ
甲州ブドウのピンチを救いたい
「甲州きいろ香」が初リリースされたのは、2005年春。イギリスのワインガイドなどでも高い評価を獲得したことで、日本国内でも大きな話題となりました。実はこれ以前、甲州ブドウからつくられるワインは、「香りが無く平坦」「個性が無い」「シャバシャバ系」など、未来が無いブドウ品種のひとつとして扱われてきました。
生産者たちはシュールリー製法などを取り入れるなど、生産者たちの努力によって味わいを試行錯誤を重ね、品質の向上をしていました。しかし、向上させてきてはいたものの、海外品種からつくられる輸入ワインに比べて見劣りするため、「個性の無い、つまらないワイン」という評価をなかなかは覆すことがはできませんでした。
また、生食用の甲州ブドウも、当時の人々の嗜好に合わせた新たな交配品種の出現などにより、厳しい状況に追い込まれます。これらの理由から甲州ブドウの畑を手放す農家も増加し、当時の山梨県は甲州ブドウ自体が全滅してしまうかもしれないという、危機的状況に立たされていたのです。
メルシャンの研究チームは、長年に渡り甲州ブドウのポテンシャルを引き出すための研究を続けてきていました。甲州ブドウが持っている個性を引き出す栽培方法、醸造方法を確立することによって、この危機を救わなければならないと思。い、「きいろ香」のが生まれる、本格的な研究がは、ここからが始まったのです。
甲州ブドウから柑橘系の香りを発見
当時、分析機器の進化などにより、世界的に個々のブドウ品種の特徴となる香りを、物質レベルで解明しよう、という研究が盛んに行われていました。
メルシャンの研究チームは、甲州ワインを「匂いかぎ分析」と「質量分析器」で解析を行い、脂肪酸エステル類のほか、3-mercaptohcxan-1-ol (以下、3MH)とβ-ダマセノンという香気成分の存在を発見します。
そのなかでも3MHは、グレープフルーツ、パッションフルーツのようなアロマとして知られており、あの「ソーヴィニヨン・ブラン」の特徴香気成分だったのです。
甲州ワインにおいてはもちろん、日本ワインとしても、この香気成分を見いだしたのは初めてのことでした。この香りを活かすことさえできれば、「甲州ワインは香りが無い」という評価は覆せます。しかし、3MHは甲州ブドウに存在しているのに、なぜ今までの甲州ワインには香りが無かったのか…。この分析によって、そのヒミツも明らかになったのです。
負の香りも同時に発見される
分析により、甲州ワインには柑橘系の香りが潜んでいたことが判明しましたが、同時に薬品臭、フェノール臭と呼ばれるオフフレーバーを与える揮発性フェノール化合物である、4-ヴィニルフェノール(以下、4VP)、4-ヴィニルグアイヤコール(以下、4VG)も検出されたのです。
特に、4VPに関してはかなりの濃度が確認され、甲州ワインが持っている「良いアロマ」をマスキングしていたことが判明しました。
つまり、このオフフレーバーを発生させる揮発性フェノール化合物を抑えることができれば、柑橘系の香りを持つ、個性的な甲州ワインができることが分かったのです。
新しい醸造法
オフフレーバーを発生させる揮発性フェノール化合物である、4VP、4VG。これらは、クマル酸、フェルラ酸という酸を前駆体として、酵母の脱炭素酵素によって生成されることが分かりました。
そのため、4VP、4VGの生成を抑制する対策として、酵母の脱炭素酵素の活性の低い酵母が使用されました。また、柑橘系の香りを与える3MHに関しても、揮発しやすく酸化に弱いという特徴を考慮して、できるだけ酸素介入を回避するための醸造法を採用しました。
さらに、甘い香りを持つβ-ダマセノンは、果皮にもっとも存在していることが研究の結果判明します。果汁と果皮を発酵前に触れさせておく「スキンコンタクト」といった製法を積極的に行うほか、酸素管理、温度管理、PHの調整など、今までとは違った甲州ブドウの醸造法がいろいろと試されたのです。
甲州ブドウの収穫時期も関係していた
醸造法によるアプローチは大切ですが、そもそも甲州ブドウ自体にも問題がありました。甲州ブドウはグリ系と呼ばれる、紫色をした果皮が特徴ですが、こういった着色のあるブドウは、ほかの白ブドウに比べてトータルフェノールを多く含んでいます。
さらに、クマル酸、フェルラ酸の量も多いことが分かりました。そして、決定的だったのが、収穫時期が遅い甲州ブドウからつくられたワインは、4VP、4VGの生産量が増加することも判明したのです。
一般的に、従来の甲州ブドウの収穫時期は10月中旬と比較的遅く、これがフェノール臭を増やしていたひとつの要因であると考慮され、収穫時期の見直しも行われました。
甲州きいろ香の誕生
さらに、メルシャンの研究チームは3MHを引き出すため、収穫時期や標高における生成量の差異、ボルドー液散布量による影響度など、さまざまな実験や研究を行います。
これらの結果、4VPなどの揮発性フェノール化合物の濃度を低く維持し、3MHの濃度を高めたワインを誕生させることに成功したのです。その後も、多くの人々の協力を得ながら商品化に向けてさまざまな取り組みを重ね、ついに2005年、「シャトーメルシャン 甲州きいろ香 2004」が発売されました。
すぐさま国内外で話題となり、アメリカのニュースにも「日本のワインはよくなってきている」と報道されるなど、世界的にも甲州ワインが注目を浴びるきっかけとなったのです。
ラベルデザインについて
ちなみに、柑橘系の香りを発見した後、共同研究を行ったのが、ボルドー大学の故 富永博士でした。富永博士は、大学の庭で出会った小鳥を生涯愛していたことで知られており、その鳥は「きいろ」と名付けられていました。
富永博士の指導が、このワインに多大な影響を与えており、その富永博士に敬意を表してラベルには「きいろ」の姿が描かれています。幸せの青い鳥が、甲州ワインに「新たな香り」を運んできてくれたことが表現されています。ぜひ、店頭でこのワインを見かけた時には、「きいろ」を探してみてはいかがでしょうか。
甲州を広めていこう!
日本ワインは今後も注目され続けられるはずです。日本の土着品種である甲州ブドウについても、少し知っておくと、外国の方にお話する時に喜ばれるかもしれません。ぜひ、まだ飲んだことが無いかたは、「シャトーメルシャン 甲州きいろ香」を試してみてください。
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幸せをはこぶ「きいろ」の物語