長年に渡り、ワインの味わいに影響を与える要因のひとつとして議論されている「ブレタノミセス(又はブレタノマイセス、ブレット)」。このブレタノミセスが作用することによって、素晴らしいワインがたちまち“失敗作”となってしまうということで、敬遠されている厄介者です。
しかし、上手にコントロールができればワインに複雑性を与え、他には無い個性的な味わいを生み出すことができるという、意見もあるようです。
今回、ワインファンであれば知っておきたい、酵母「ブレタノミセス」についてを基礎的な部分を解説します。
“科学的な話題は睡眠を誘う”と思われる方もいると思いますが、この「ブレタノミセス」について知っておくと、マニア垂涎のワインの味わいのヒミツが、一部理解できるかもしれません。ぜひ、参考にしてみてください。
ブレタノミセスとは?
ブレタノミセスによる影響を受けたワインは、馬小屋や納屋、汗の香りなど、できれば出会いたく無い香りを生成させる悪者として広く知られています。
ワインを汚染する細菌と思われているようですが、ブレタノミセスはアルコール発酵において活躍する「サッカロミセス・セレヴィシエ」などと同様に、糖分や栄養素などを栄養源にする酵母の一種です。
しかし、あまり栄養源を必要とせず、他の微生物が生きることのできない環境でもタフに生き残ることから、醸造家たちの頭を悩まし続ける存在となっています。
ブレタノミセスによる悪影響とは?
冒頭でもお伝えしましたが、ブレタノミセスという酵母の一種が敬遠されている原因は、「悪臭(人によっては良い香りに感じる?)」を生み出す役割を持っているからです。さらに、ワインの持つ特有の香りを奪ってしまう、ということも問題視されており、人によっては「絶対悪」という存在ですらあるようです。
さて、そんなブレタノミセスがワインに与える悪影響について紹介していきたいのですが、細々と解説していくと確実に眠たくなってしまうと思いますので、簡単に箇条書きにしてみたいと思います。
・馬小屋臭、納屋、獣臭さ
・過渡なスパイシーさ、スモーキーさ
・馬を思わせる香り、ヤギ小屋、薬臭さ
・アルコール発酵で利用できない糖類を奪いボディを無くす
・フルーティーさを奪う など
香りの感じ方は人それぞれですので、一般的に言われているものを羅列しましたが、とにかくワインにとっては良い影響を与えていないことは間違いないでしょう。
どうやって悪事を働いているのか?
ブレタノミセスが、どうしてここまで悪事を働けるのか、その原因を見ていきましょう。まず、先ほどの悪影響羅列リストを発生させている主役たちは、「エチル4-フェノール」、「エチル 4-グアイアコール」、「エチルカテコール」、「3-メチル酪酸」といわれています。
これらは、揮発性フェノール化合物と脂肪酸なのですが、ブレタノミセスはクマル酸やフェルラ酸などのヴィニルフェノールを生成できるオキシダーゼを持ち合わせています。
さらに、次にヴィニルフェノール還元酵素なるもの持ち合わせており、この作用によってエチルフェノール類を産出してしまうわけです。
この中でも厄介なのが「エチル4-フェノール」で、この量が多いと非常に不快な香りを感じるようになるため、ワインが“失敗作”となってしまうようです。
ブレタノミセスに汚染される条件
先述しましたが、ブレタノミセスは大変タフな酵母の一種です。しかし、できるだけその被害を広めないためには、生きにくい、増殖しにくい環境を整えることが重要です。
ブレタノミセスは、極端に糖度の高いブドウを使用したワインを造ると汚染されやすいとされています。その理由は、まず糖分が多いためにサッカロミセス・セレヴィシエがアルコール発酵を終えても糖分や栄養素が液体中に残ってしまうからです。
ブレタノミセスは、どんな栄養素であっても餌にしますし、糖分も大好物です。さらに、pHが高く、温度が高いことも増殖理由のひとつとなっており、マロラティック醗酵後もかなり危険な状態であるといえます。
また、糖度が高くフェノール類が豊富に蓄積されたブドウを使っていることで、悪臭の原因となる揮発性フェノールの前駆物質であるポリフェノール類が多くなることも要因のひとつとなります。
そして、決定的なのが亜硫酸の添加量です。亜硫酸を適切に使用することで、ブレタノミセスの増殖を抑えられるようですが、近頃はこれらを抑える傾向にあるために発生しやすい状況が自然と作られているといわれています。
これらを見ていくと、ブレタノミセスは、稀に白ワインにも含まれるようですが、殆どが赤ワインで発見されているという、理由も理解できるでしょう。
どこからやってくるのか?
さて、そもそもブレタノミセスに汚染されたくなれければ、発生源を突き止めてしまえばいいわけですが、ブレタノミセスの発生源は未だ、はっきりとはしていないようです。
一般的には古い樽や不潔なワインセラーにすみついているものが、ワインに混入したと言われています。しかし、近頃ではそれらとは別に、ワイン樽自体にもともとすみついているとの意見が有力だそうです。
ブレタノミセスはオークに含まれるラクトンを代謝できるようで、ブレタノミセスがもともとすみついていたオーク樽を多くのワインメーカーが利用してていることで、広まっていた…という説もあるようです。
もちろん、ブドウ自体に付着していた、セラーにいた、汚染されたワインの飛沫から広がったなど、幅広い視点で発生源は考えられますし、完全除去となるとかなり難しいという意見もあります。ある意味、ブレタノミセスはいるものだと思って対処した方が手っ取り早いのかもしれません。
なぜ根絶されないのか?
さて、ここまでしっかりとお読みになったマニアックな方であれば、ひとつの疑問が湧いてきているはずです。
「ここまで分かっていながら、何で根絶させないのか」ということです。確かに、ここまで列挙した内容を見ていくと、ワイン造りにおいては明らかにブレタノミセスは悪であり、不要な酵母です。しかし、ボルドーやブルゴーニュ、コート・デュ・ローヌの一部の生産者や、各国の自然なワイン造りをしている生産者からすれば、歓迎したい酵母でもあるからです。
ブレタノミセスが産出する悪臭は高濃度になれば、確かに最悪な結果をもたらすかもしれません。ただし、それを個性と見ると話が変わってきます。他の揮発性化合物による香りとのバランスにより、複雑で面白いワインになることもあるのです。
高級ワインの一部には、このブレタノミセスによる影響を受けているものが少なくはありません。実際、個人的に数多くのワインを口にできる機会があるのですが、ある一定の価格帯を超えたワイン(特にドメーヌ系)には、良い悪い含め「独特な香り」があることは確かです。
大衆向けに造られているワンコインのワインと、職人技で造られた数十万円のワインの大きな違いは、ブレタノミセスの作用にも関係があるのかもしれません。
結局ワインは面白い
ここまで、ブレタノミセスについて基礎的な解説をしてきました。絶対悪として扱われていながらも、一方では歓迎され、今後ブレタノミセスをコントロールして面白いワインを造ろうと企んでいる関係者も多くいます。
この、「正解が出ない」という難しさこそが、ワインを面白くしてくれる最大の要因だと思っています。あまり、個性的なワインを飲まれたことが無い方もいると思いますが、5本ほど各国の天然酵母で造られた赤ワインを購入してみてください(ムールヴェードル、カベルネソーヴィニヨン、ピノノワールがおすすめ)。
どれか1本、今回記載したようなブレタノミセスの特徴が出ているはずです。そして、自分でそれがアリかナシか是非、試してみてください。今後、ワインを買う、飲む時にスタッフやソムリエにも好みを伝えやすくなるはずです。
さて、機会があれば、もう少し突っ込んだ内容で続編を書いてみたいと思います。ワイン業界、またワイン好きの方を含め、この問題について今後も追いかけ続けてみましょう。